MAの歩き方(その2)

前回では企業には明確な設立趣旨と存在意義がある事を示しました。

企業の存在意義は3年や5年でクルクル変わることは無くて、これだけ世の中の変化が激しくなっても10年くらいは文言は大体同じです。

劇的に変わるのは大規模合併や大型製品の特許切れで、企業の事業ポートフォリオ(事業の組み合わせ、製品の構成という意味合いです。なんかカッコイイ響きがあるので、戦略コンサルとかが「ポートフォリオ」という言葉をよく使います)が大きく変わる時です。今回は「ビジョン」について解説します。

(3)ビジョンについて

多くの企業では「存在意義(ミッション)」の下位概念で「成功の姿(ビジョン)」というものを規定しています。以前は比較的わかりやすく「存在意義」と「成功の姿」を分けて記載していた場合が多かったのですが、最近では両者を統合した形でメッセージを発信しているケースが増えています。それでも「存在意義」と「成功の姿」という切り口で企業が発信するメッセージを読み解くと、経営層が何を考えているのかが見えてくるでしょう。

このようなメッセージはややもすると、「机上の空論」「現実を知らない偉い人のたわごと」「一社員である自分には関係ない」と取られる事は多いのですが、実は企業の意思決定に強烈な影響を与える場合が多いです。

私が以前勤務していた会社で経験した事例では、新薬Xの第三相試験が終わって当局に申請するかどうかの判断をする会議(よくガバナンス会議といわれます)での出来事でした。会社は「ホントに凄い革新的な薬しかださない!Mee tooドラッグはやらない。」というビジョンを持っていたのですが、そこそこ効くが安全性に懸念がある新薬Xをどうするかで結構もめて、最終的にはCSOが「これってまあまあだけど、Transformationalでは無いでしょ。申請したら承認されると思うけど、もう申請はやめよう。このエネルギーを他の事に使おう。」と宣言し、その場に居合わせた私は当局対応と、治験に協力してくれた名だたる日本の大先生方への説明を思って冷や汗にまみれたことがありました。AかBかで凄く迷ったときは(どちらを選んでも困る場合)、最後にミッションやビジョンの物差しで難しい判断を行う事がしばしばあります。

企業が掲げるミッションは非常にハイレベルであり、社内に存在するどの部門もミッションに関しては全社的なものと同じです。でも「ビジョン」に関しては、各部署やチームが独自のものを作る場合が多いです。

例えばあるメガファーマがあるとします。社内にミッションはひとつだけ。全世界的な全社のミッションを皆が推し抱く(英語ではembraceなどと表現されます)というイメージです。

大きな製薬企業は様々な事業部や、部門、各国に支社があるのですが、多くの場合はフラクタルな構造になっておりまして、本社にある事業部・部門構造が各国の支社でもコピペされて存在する事が多いです。そしてそれぞれの組織単位(場合によって組織体を持たないプロジェクトチームでも)で「ビジョン(成功の姿)」が規定されている事が殆どです。

たとえば製造部門は品質に関するこだわりをビジョンに反映しますし、PV(ファーマコビジランス)は安全性へのこだわり、法務は優れたリーガルサービスを提供すべくビジョンを描きます。いずれの場合も「ここに到達したら成功といえるでしょ」みたいな将来の成功イメージを必死で言語化します。

また各国にある子会社でも、〇〇製薬会社の日本法人の「ビジョン」みたいな言語化は良く行われています。これもシニカルに考えると「机上の空論」「現実を知らない偉い人のたわごと」「一社員である自分には関係ない」と取られる事は多いのですが、前述したように「難しい判断をする時のよりどころとなって」、数年後に組織の形、人事制度、採用基準、ビジネスで注力するところに大きなインパクトが表れる事がしばしばあります。

ですから、皆さんが所属する部門・グループ・チームで「ビジョン」について議論する時は全力で参加する事をお勧めします。そうでないと自分の部門の将来の方向性が、自分以外の人に決められてしまうリスクがあるからです。次回は「バリュー」についての話をします。
(続く)