社会一般であまりよく知られていない医師の仕事のひとつに、企業内医師として働くことがあげられます。

基礎研究から生まれた新しい治療法が、安全かつ有効に患者に届くように、臨床開発し、当局より承認を取得し、製造、販売を行う過程は企業が主に担っています。

その企業のおこなうさまざまな活動の中で医師としての専門性が必要とされる領域があります。

製薬企業の組織・部門

販売、マーケティング

一般に臨床現場の医師と頻繁に接触するのはMR (Medical Representative: 製薬会社の営業) であり、彼らは販売部門に属しています。
販売部門は、マーケティング部門が立てた戦略に従い、販売目標を達成するのに必要な活動をおこない、自社製品を処方する医師に情報資料を提供します。
最近では販売促進のために医師に便宜を図ることは、製薬会社の社会的信用を失うことにつながるため、特に厳しく戒められています。

メディカルアフェアーズ

メディカル部門はマーケティング部門とともに、製品戦略の立案に医学的立場から参画します。
医学的、科学的問い合わせを医師から受けた場合に、その標準回答を作成し、場合により、直接医師と内容について議論することもあります。
会社のもつ薬剤について深い理解をもち、その適応となる疾患を熟知して、医師の立場を想定して的確な情報を提供するのみならず、その薬剤がいかに使用され、どのような有用性をもたらしているのかを現場から理解することも目的としています。また、その薬がもつ特性が患者にいかに役立つのか、その疾患領域の専門家である医師と一緒に考えることも行います。
すでに市販されている薬剤においてさらなるエビデンスを積み上げていくための第4相臨床試験をデザインするのも、メディカル部門の重要な機能の一つです。

これらの活動を通して、臨床現場が必要としているunmet medical needs を吸い上げて、開発戦略に資することも重要な役割です。

創薬研究・開発

一般にR&D(Research & Development)と呼ばれる部門です。
この部門では、新規薬剤の創出・承認取得を担っており、さまざまな基礎研究、前臨床(動物)試験、臨床試験をおこないます。
細かく定められたStandard Operation Procedure (SOP)に沿って、厳しいGMP(Good Manufacturing Practice), GCP (Good Clinical Practice) 基準を満たすように薬剤の製造、研究を進めていきます。

薬が処方薬として認可される前には1-3相の治験と呼ばれるステップを踏みますが、それをおこなうのは開発部門の仕事です。
当該薬剤の臨床チームはが要求するさまざまな承認要件を満たしながら、臨床試験を成功させるために綿密なデザインの検討をします。
新規薬剤を市場に出すためには何億、何兆円という規模の投資が必要です。
いかに効率よく、迅速に新しい薬を患者に届けるか、一日一日のプロジェクトの進捗状況をプロジェクトマネージャーが管理します。

安全性

市販前には新規開発薬剤の臨床試験における安全性を検討解析します。
前臨床試験の結果や他社の同種同効薬もあわせて検討し、その薬の安全性プロファイルを同定します。実際にあった副作用だけではなく、理論的に考えられる副作用についてモニタリングを行い、当局に報告します。
申請時には安全性リスクのモニタリングを会社として市販後どう行っていくのか当局と交渉、同意することが必要です。
市販後は、治験中には除外とされていた患者集団でも実際に薬が使われ、治験中には把握できなかった副作用を経験することがあり、膨大な量の情報を処理する必要性が出てきます。
このデータを解析し、傾向をつかみ、当局に遅滞なく定期的に報告し、医療関係者や患者に適切な注意喚起をする必要があります。添付文書にある、安全性の記述の改訂はこれらの情報解析に基づき行われます。

以下は製薬企業で働くことを考える際、特に重要な点です。

  • 企業で働くためにはチームプレーヤーであることが不可欠である
  • 謙虚に新しいことをさまざまな分野のエキスパートから学ぶ。
  • 会社の方針が自らの価値観に合うか、いつでも判断し対応できるように、常に自らを磨く。
  • コンプライアンスから外れた言動、行動は自分のみならず、会社の利益も大きく損ない、社会的信用にも影響する。

医師としての経験を生かすためには

医学部を卒業して、すぐに企業で働くというのは、あまりお勧めしません。医師として、患者を実際に診療したという経験を求められることが多いからです。

開発部門の医師は、まず開発の基本を理解することが必要になります。
治験のデザイン、承認を得るための要件などの理解が必要です。外資系企業の臨床開発では、日本からもグローバル治験に加わり、欧米と同時申請、同時承認をめざすのが最近の主流です。ただし日本の承認要件を満たすために、日本独自試験を行うことも多々あります。
謙虚にプロジェクトチームのメンバーからさまざまなことを学ぶ態度と、医師としての判断をもってチームに貢献することからはじめます。
その上で、自分の専門性を生かすことができます。新規薬剤開発のために、その疾患、治療分野の専門家から最新の知見を得たり、さまざまなアイデアを協議するのはとても知的好奇心が満たされます。

メディカル部門は、自分の診療分野の特性を最も生かすことができるところです。その会社が自分の専門分野を重要な戦略領域と考えているかどうかはとても重要です。
開発の後半からチームの重要メンバーとなり、どういったメッセージを現場の医師に伝えたら、その薬剤が適切に使われるか、新規開発薬剤の上市計画をたてます。医師から提案されるいろいろな試験を吟味したり、ともに論文を書いたり、セミナーの内容を提案したりすることができます。

安全性部門で働く医師に、どの診療科出身が有利ということはあまりないと思いますが、何百人、何千人、何万人というデータを前に、そこから考えられる臨床像をつかみ、その薬の特性を理解する能力を求められます。公衆衛生や疫学の知識やスキルが生かせる分野です

創薬部門、基礎研究部門は、医師がいなければ機能しないということはありません。したがって、この分野に興味のある場合は、医師であることよりも、科学者として組織に貢献することが求められます。

会社によって多少違いはあっても、ある程度の経験を積んだのち、これらの部門間で移動をすることはよくあります。また、ビジネスに強い関心があれば、事業開発にかかわって他社との提携や合併をリードしたりする機会や経営に携わる機会も与えられます。