【インタビュー】上野太郎さん

インタビュアー

医師で起業に至った方は少ないと思いますが、そのきっかけについて教えてください。

上野太郎さん

睡眠医療の領域で臨床、研究をしていました。睡眠専門外来をしていると患者さんを紹介してくださる先生方がおられます。そして3剤以上の多剤併用をされていることが多いことに気が付きました。2014年に診療報酬改定が行われ、3剤以上使っていると保険が削られることになったのです。また睡眠専門外来においても一人の患者さんにかけられる時間は限られています。ちょうどiPhoneが出だした時期で、そういったデジタルデバイスを使って問診票に答えてもらうのを効率よくできないだろうかと試してみたりしました。そのような中で不眠症に対して非薬剤療法、認知行動療法がスマートフォンのアプリを使ってできるのではないかと考えました。そして企業の方と共同開発できないものかと話し合ったのです。

インタビュアー

なるほど。アイデアを行動に移そうとされたわけですね。企業の方の反応はどうでしたか?

上野太郎さん

皆さん興味を持ってくださったのですが、企業では新しいことを始めるリスクをとるのは難しいといった印象を受けました。

インタビュアー

それで自分で会社を立ち上げようと?

上野太郎さん

新しいことを始めるというリスクを自分でとってある程度までやってみようと考えました。そのあともう一度企業との共同開発というのを模索してもいいのではないかと思いました。

インタビュアー

なるほど。それで2015年にサスメドを立ち上げたわけですね。日本の文化の中では起業ということ自体がハイリスクとみなされて敬遠されていると感じますが、先生が起業に踏み切れた理由というのはどこにあるのでしょう?

上野太郎さん

その分野の研究をやっていたので、そこでのアンメットニーズについていつも気にかけていました。新しい医療を生み出したいというマインドがあったのだと思います。

インタビュアー

それだけではまだなかなか難しいような気もするのですが。

上野太郎さん

私の会社にはもう一人医師がいます。彼は九州大学の医学部を卒業したのち東京大学の大学院でデジタルデータの分析について研究しているデータサイエンティストでもありました。彼とは日本睡眠学会の「若手の会」の運営をしていた時に知り合いました。

インタビュアー

「若手の会」ですか?

上野太郎さん

泊りがけでする研究会だったのですが、どちらもデジタルデータについて興味がある少し変わった医者同士ということで、意気投合しました。

インタビュアー

目標を共にする同志ですね。さて、起業して最初はどうでしたか?

上野太郎さん

できるだけコストをかけないように始めました。まず国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの助成金を受けることができました。それから5年たった今ではベンチャーキャピタルからの出資や事業会社からの出資を受けることができています。

インタビュアー

起業して今までで一番大変だったことはなんでしょうか?

上野太郎さん

まず資金調達です。そして何をやるにしても新しいことばかりでした。臨床開発ですから、そのプロセスを適用していくために外部の方からの支援をいただいたり、それに詳しい人を採用したりすることで乗り切ってきました。アプリは薬事的には医療機器の範疇になりますが、評価項目や、プラセボコントロールなど臨床試験のデザインに関してもたくさん学ばなければならないことがあります。当局側にも新しいタイプの治療法についても学んでもらう必要があります。始めた当時はデジタル医療というのは聞きなれないものだったかもしれませんが、今では関心が高まってきていて、環境が整ってきたように感じます。

インタビュアー

それでは今までで一番エキサイティングだったことというのは何でしょう。

上野太郎さん

不眠症アプリのニーズがいろいろな疾患領域に広がってきて、国立がんセンターとの共同研究や海外の大学ともグラントをとって一緒に研究することができるようになってきたことですね。これは自分が医師であるからこそ臨床現場の先生と実のあるディスカッションすることができるのだと思います。自分の専門領域でなくても医師としてある程度は理解できる。その問題の解決法としてデジタルツールを提供し、他の疾患領域にも貢献できるのがうれしいです。デジタル医療は日本ではまだ普及していませんが、いかに患者さんに使ってもらうようにするか日々考えています。

インタビュアー

なるほど、医師であるからこそ、そういったところに喜びを持てるのでしょうね。今後の目標はどこに置いておられますか?

上野太郎さん

今後もアカデミアとの協業を広げていきたいと思います。アカデミアの先生方に私たちのデジタルツールを活用いただければと考えています。がんセンター、東北大学などの国立大学とデジタル医療に関する取り組み、また、医学部との協業では、薬ではなくデジタルアプリがアンメットメディカルニーズに対して新しいソリューションとなるよう価値の創造を目指していきたいです。電子カルテをはじめとする医療機関のIT化が遅れていますが、アプリ、デジタルソリューションを用いてシステム連携を提案するとか、臨床試験においてもリモートクリニカルトライアルに使えるアプリを提案していくなど貢献できる分野を広げていきたいと考えています。

インタビュアー

それでは後輩の医師の方々に一言お願いします。

上野太郎さん

アンメットメディカルニーズにソリューションを提供していくことによって新しい医療に関われるという点で企業で働くのは面白いと思います。ある特定の製品に関する知識、生物学などではかなわないかもしれませんが、医師だからこそできる判断というのがビジネスの中にあると思います。新しい治療法、新しい医療にぜひ挑戦してもらいたいですね。デジタル医療に興味のある方は、ぜひ気軽に相談してもらえれば嬉しいです。