【インタビュー】西馬信一さん

インタビュアー

まず、製薬企業に入られたきっかけを教えてください。

西馬信一さん

私は消化器内科で肝炎や肝がん患者さんの治療をたくさん受け持っていました。2000年ごろの肝炎の標準的治療法はインターフェロンの筋注を週3回といったものでしたが、sustained viral responseが得られるのはわずか5%程度でした。アメリカではgenotype 1のC型肝炎にインターフェロンに加えてリバビリンを投与すると52週で50%の患者さんでSVRを得られると報告があり、なぜ日本では使えないのか、早く日本でこの薬を出したいという強い思いがありました。

インタビュアー

なるほど、臨床の現場で新しい薬を早く患者さんに使えるようにしたいと思われたのですね。

西馬信一さん

そこで製薬会社に入りました。会社に入ると開発のプロばかりで彼らは医師ではないけれども肝炎治療の新薬候補、競合品については膨大な知識を持っていました。しかし安全性については詳しくないという事に気づき、安全性の仕事に興味を持ち始めました。

インタビュアー

そこで安全性の部署へ移られたのですか?

西馬信一さん

はい。インターフェロンの開発にひと段落がつき、安全性担当医師としてイーライリリーに転職しました。最初は抗がん剤を担当し、それから開発とメディカルアフェアーズに異動となりました。その後、安全性部門の元上司が退職し、安全性部門のマネジャーとしてに戻ることになりました。

インタビュアー

先生は長らく安全性におられましたよね。

西馬信一さん

はじめは数人の部下をもって安全性で仕事をしていましたが、徐々にマネージする範囲が広くなり、安全性部門のヘッドをさせて頂いたときは90名ぐらいのグループをリードさせて頂きました。その中で医師は4人ぐらいいたと思います。

インタビュアー

そこでの先生のお仕事について簡単に教えてください。

西馬信一さん

個別症例のレビューからメディカルレビューストラテジーの立案まで幅広く仕事をしました。個別症例レビューというのは、外来で患者さんを診察している感覚と一緒でそういうのが好きな医師の方もおられます。安全性のストラテジーは薬剤の安全性プロファイルをどう開発のプロセスに取り込み、市販後の活動に生かしていくのか立案することです。開発チームの構成員となり市販後チームとのハブになる役割を担います。医学科学的知識の他に診療実態の理解が必要であり、医師がすることが望ましいと思います。

インタビュアー

医師であっても向いていない場合があるという事ですか?

西馬信一さん

こういったハブの役割を担うためにはチームメンバーとしてうまく働ける人でなくてはなりません。製薬会社では医学的に正しいことも大事ですが、薬事の規則にのっとった正しさというのにも敏感でなければいけませんので、そういった能力も身に着けていく必要がありますね。

インタビュアー

薬事のお話が出ましたが、安全性は開発の段階を追うにしたがい重要になってきますね。

西馬信一さん

第1相試験は治験の規模も小さく、開発チームがしっかりやっていることが多いです。POC(proof of concept)以降から上市に近づくほどどんどん忙しくなります。最近はリスクマネージメントという考え方が進み、市販前、市販後を問わずシームレスにリスクをマネージすることが必要となってきています。申請のため第3相試験を行うところから上市されて1-2年後までの市販前後が最も力を入れるべきところでしょう。

インタビュアー

申請時の安全性医師の役割、かかわり方などについて教えていただけますか?

西馬信一さん

CTD (Common Technical Document; 承認申請に提出する膨大な資料) に書かれていることを確認することも含めて、リスクマネージメントプランを作成することが大きな仕事です。何がその薬を使う際のリスクなのか、どうやってそのリスクをモニターするのか、そしてどうやってそのリスクを最小化するのかといったことをまとめて提出するのです。その薬剤のリスクを探り出し、判断するというのは医師としてその薬剤に対する責任をもつ重要な一面です。

インタビュアー

先生は開発、安全性、メディカルの部門に医師としてかかわって来られましたが、これから製薬業界を目指す医師の方に一言お願いします。

西馬信一さん

臨床現場を知っている、医療のシステムを知っているというのは医師であることの大きなアドバンテージです。知識だけでは得られない、そこに身を置いたことがあるという重みがあります。だから実感として患者のためにという熱意をより持って働くことができます。製薬企業に求められる医師は、臨床経験、臨床知識を持っていることは大前提となります。その上にチームに溶け込んで、チームプレーヤーとして貢献できる資質を持っていると活躍する場が広がります。製薬企業には医師が活躍しているMedical, 開発,安全性以外にも様々な仕事があり、活躍の場も広い。これからも大きな可能性を秘めた場だと思います。

インタビュアー

やる気があればどんどん可能性が広がりますね。

西馬信一さん

もちろん簡単なことではありませんがね。でも目の前に見えることをコツコツとやっていると、自分のやるべきことが色々見えてきます。People Developmentやリーダーシップのスキルの向上など、良くも悪くも修業の場ですね。

インタビュアー

製薬企業の組織の中で学べることはきりがありませんね。今日はどうもありがとうございました。