【インタビュー】金田眞理さん
日本における医師主導試験を振り返って
先生が結節性硬化症の治療にラパマイシン内服用錠剤を外用に用いようと考えられたきっかけについてお聞かせください。
皮膚科で結節性硬化症(TSC)という疾患に興味を持ち、専門外来に来られていた患者さん方の診察を通して、その皮膚症状を軽減させる治療法を長く模索していました。結節性硬化症というのは、6000人に一人の頻度で発症する比較的まれな疾患です。皮膚や 脳神経系、腎臓、肝臓、肺、消化管、骨などほぼ全身 に過誤腫という腫瘍や白斑を生じると同時に精神発達遅滞や行動 異常などの症状を示します。
なるほど。
皮膚腫瘍の中でも、顔面血管線維腫は、患者さんが最も治療を希望される皮膚症状です。最近までの本症の皮膚病変に対する治療法はレーザーや、切除など外科的治療法のみでした。外科的療法は非常に有効で、特に深部まで切除して植皮を行った場合には生涯植皮部には血管線維腫が出現いたしません。しかしながら、外科的治療法の多くは痛みを伴い、小さな切除などの治療であっても幼少児や発達障害のある患者さんでは、局所麻酔が不可能で、全身麻酔が必要となります。そこで痛みがなく麻酔のいらない治療法ができたら多くの患者さんが治療を受けることができるのにと考えておりました。
確かにその通りですね。
近年の遺伝子、細胞学研究の発展からTSC1,TSC2遺伝子はPI3K-AKT-mTOR-S6Kの系の途中にあり、本症はmTORC1が恒常的に活性化するために起こる疾患であり、mTORC1の阻害剤であるラパマイシン(シロリムス)が本症に有効であることがわかってきました。実際TSCの腎の血管筋脂肪腫や、脳のSEGA、肺のLAMに対してmTORC1阻害剤の全身投与(内服)が用いられるようになってきました。
内服薬だけでは解決できない問題がありますか?
確かに内服薬の使用で皮膚病変も軽快しますが、腎の血管筋脂肪腫などに比べて、皮膚病変は効果の発現に時間を要します。しかも内服中止によって、他臓器病変と同様に皮膚病変も再燃します。その結果mTORC1阻害剤を長期に渡って内服する必要がでてきました。長期投与になると副作用が問題になります。そこで皮膚病変に高濃度の薬剤が到達し、血中にいかない治療薬、すなわち“外用薬”ができれば、発達障害が強くかつ様々な臓器に重篤な症状を有する患者であっても使用可能であると考えました。
外用に用いるために医師主導試験を始められたきっかけをお聞かせください。
全身的にも様々な症状を呈し、リスクファクターの高い結節性硬化症の患者さんの皮膚症状の軽減には、全身作用のある内服剤よりも外用薬のほうが適していると考えました。しかし、外用薬は市販されていませんでしたし、多くの製薬会社に製剤の依頼をいたしましたが製薬企業でも外用薬を開発するといった企画はありませんでした。誰もやってくれないなら私が作ろうと考えたのですが、GMPレベルの原末が手に入らず、まずは内服薬を外用薬に転用しようとしたのが1995年頃のことです。
医師主導試験をしていく上での様々な難題があったと思いますが、いくつかお聞かせください。そして、それを克服していくうえで最も大変だったのはどのような点ですか?
当時は、医師主導試験というのがちょうど始まりかけたころで、国の方からも医師主導治験のプロトコールを作るというグラントが初めて出現しました。また大阪大学医学部においてもそういった企画をサポートする機構(今の未来医療)が全国に先駆けて立ち上がり始めた頃でした。私達だけではなく、国も大学も手探りの状態であったとおもいます。ただ逆に言うとちょうど時代のいい波に乗れたのかもしれません。手当たり次第にできることをやっているという感じでした。国内外を問わず、多くの企業に手紙や電話、面接などで協力を要請したりもしました。ただ企業特に国内企業は腰が重くほとんど協力が得られませんでした。
険しい道のりだったのですね。
やがて国からも年間2億円近いグラントを得ることができ、大阪大学の未来医療からのサポートを受け未来医療からプロジェクトマネージャーもつけていただくこともできました。治験の進め方や書類の作成などはほとんどその未来医療の方の指導に従って行いました。またGood Manufactural Procedure (GMP)レベルの薬剤を作ることのできる薬剤部もあり、薬剤部の方々にも協力いただきました。おそらくこういった機構ができていなければ医師主導治験の遂行は不可能であったと思います。動物実験では試薬を使用できますが、人には投与できませんので、原末を入手するのはなかなか大変でした。治験遂行のためのラパマイシン原末は、中国からGMPレベルのラパマイシンの原末を購入し、それを用いてGMPレベルの院内の薬剤部で外用剤を製造しました。薬剤部との共同作業でした。基剤が変わることによって吸収は全く変わります。ラパマイシンは分子量が大きく通常の方法では皮膚のバリヤを超えて組織に入らないのでその点でも苦労しました。
先生は企業の行う治験もご経験されたと思いますが、医師主導試験とどのように違うと感じられましたか?最も大きな違いはどのようなことでしょう?
企業治験では医師は患者さんに対して、治験をすればよいだけで、その他は企業がすべてやってくれます。医師主導治験は医師がすべてを行うことになります。企業では開発をするために必要なプロセスが蓄積されています。各種申請書類をそろえるのに必要な時間や、当局との交渉に要する時間、薬剤を供給する、治験をするのに必要な期間・費用などを把握し効率的にプロジェクトを遂行するプロジェクトマネージメントをする人材がいます。この企業の部署に相当するのが医学部の未来医療です。彼らがサポートしてくれるのでできます。未来医療にはもともと企業でそのような仕事をされていた方がたくさんおられます。
大阪大学医学部の未来医療は他大学からの医師主導治験のサポートなども引き受けています。大阪大学医学部は全国の大学に先駆けてこのような機構ができましたが、現在は他大学でもそういった機構を準備しているところが増えています。
これから医師主導試験はどのような展望をもって行われると感じられますか?
医師主導試験を行う環境も徐々に改善されてきているように感じますが、まだ多くの問題を抱えています。医師主導試験を行うための費用は日本医療研究開発機構(The Japan Agency for Medical Research and Development:AMED)などから得たグラントから未来医療に支払います。また、特許について大学側のサポートがますます重要になってくるように思います。大阪大学は知財部が弱いので、海外や他企業と競争していくにはまだまだ力不足と考えます。特許は書類の作成に時間がかかるのでそれを助けてくれる人がいないと、医者が診療や研究の傍らでするにはなかなか大変です。国も現在製薬企業と連携して行う研究をすすめています。協力関係の構築は今後産学を挙げて日本の医学、医療の向上のために役に立つと期待しています。さらに、日本発の新薬が企業と協力することで、海外でも開発、販売されることは日本の海外への貢献という意味で意味のあることだと考えます。
製薬企業で開発を行う場合は、様々なリソースへのアクセス(例えば、薬事、オペレーション、統計解析、データマネージメント、サプライチェーンマネージメント)が与えられており、最も効率的に承認を取ることが求められています。企業における開発部門の医師はそういったチームの中で働いています。こういった医師と交流をもっていくことに関してどのようにお考えでしょう?
とても重要と考えますが、大学内にも同様の機構ができつつあります。ある意味大学も企業化していっているのかなと思います。企業で働く医師に対して、ネガティブな先入観を持っている臨床医が日本にはまだ数多くいます。しかし、医師主導試験を企画、施行することを通して、新しい薬を患者さんに届けるという使命をもって企業で働いている医師がいることを知ることもできました。臨床開発に携わる医師同士の交流は、アカデミアか企業かあるいは当局側かという所属を超えて、医学的な立場からの情報交換・医療の進展に役立つと思います。長期的な展望をもって、臨床開発を行う医師の育成も考える必要があるのではないでしょうか。ただ最近は、大学の中でも前述された企業と同様のシステムが構築されつつあります。その必要性が認識されつつあります。
医薬品開発に興味がある医師に対して、企業における短期体験コースを含むメンタリングを提供するネットワークづくりを考えています。どのように思いますか?
よい企画と思いますし、ますます必要になってくると思います。
すでに医師になっている人に限らず、現在医学部で勉強している医学生に、臨床開発の現場を体験させるというのはどうでしょう?最近、学部学生に海外で数週間勉強する機会を与えるプログラムがあります。そういうのを活用して、医薬品開発が盛んなアメリカやヨーロッパで医薬品開発を学生のうちに体験してみると、企業における開発担当医師を選択肢のうちの一つとして考えることができるようになるのではないでしょうか?卒業してすぐというわけでなくても、医師となってから、治験にかかわったり、学会で治験の結果を聞いたりするうちに、医薬品開発をぜひやってみたいという人も現れると思います。
それを若い医師が体験すれば、たとえ自分がその道に進まなくてもそういった仕事があることを知ることができ、仕事に対する理解もしやすくなると思います。うまくいってくれるとよいですね。