【インタビュー】白沢博満さん
卒業されて臨床に従事され、そして医薬品の研究開発に入られたのですね。
卒業時には想定していなかったキャリアを歩んできたわけですが、新薬で世の中を変える瞬間を何度も見てきて、そこに貢献できてきたことを幸運に思っています。
医薬品開発の分野に入ろうと思われたきっかけを教えていただけますか?
きっかけはかなり偶然です。今後のキャリアをどうしようかなと思案していた時に偶然ファイザーの臨床開発で医師を募集しているのを新聞広告で見かけて軽い気持ちで入社しました。その後のキャリアのほとんどは臨床開発で、メディカルアフェアーズも2年ちょっとマネジメントした経験もあります。自分にとって臨床開発は天職と思うし、振り返ってみると、統計や疫学とか数理的なものは学生時代も好きだったので、そういったところに自分の特性があるのかもしれません。ただ、多くの人にとって今日の医薬品の研究開発は馴染みがないと思われるので簡単に説明しますね。
一般の医師の方にも医薬品開発はあまりなじみのない分野ですよね。
理想的な医薬品の研究開発の流れとしては、まずは生体内で疾患と関連するターゲット(例:受容体)が同定されるという基礎研究での発見からスタートします。ターゲットに対して作用する化合物、望ましくは低分子化合物を合成、それが難しい場合は抗体、さらには核酸、改変細胞や改変ウイルスなどモダリティを問わなくなっているのが最近の流れですね。
抗体医薬などは最近とてもポピュラーになってきていますね。
出発点としてのリードの化合物が同定されてからはより特性の好ましいものへと化合物の最適化に向けての研究が進みます。私が専門としている人での研究に進むためには動物における多くの毒性試験、薬理試験、体内動態研究などがさらに必要です。
人での研究に至るまで時間がかかりますね。
人における研究では体内動態、安全性、薬効を探索的に評価しながら、どのような臨床的な位置づけでどのように用いるとベネフィットがリスクに対して最適化され、既存の治療体系に対して医学的そしてビジネス上の価値がより高まるかの仮説を立てたうえでの臨床試験での検証、製剤の最適化、規制当局や医学会での受け入れ、保険償還や薬価交渉に向けてのデータや論点の整理など、膨大な人と資金が投入されながらグローバルレベルで協力しながら研究開発は進みます。
薬が世の中で使われるまでになるには、大変な時間と労力がかかっていますね。
はい。しかしだからこそやりがいがあります。このような困難を乗り越え、かつて死の宣告であったHIV感染は適切な治療を行えば亡くなることのない慢性疾患となりました。肝硬変・肝癌を引き起こすC型肝炎ウイルス感染はほぼ100%治癒できるステージまで来ました。さらに癌の免疫療法は一部の癌腫で既存治療を凌駕する状況にまでなってきています。
こういう新しい治療法、薬剤がゲームチェンジャーとなり標準的治療法と認められるようになるとは10年20年前では考えられないことでしたね。
この仕事を振り返ってあらためて思うのは、いったん薬剤候補としての化合物が確定してからは、モノとしての化合物は何一つ変化していません。多数の異なる専門分野の研究者、経営資源、チームワークとリーダーシップ、国境をまたいだ役割分担、不確実性の中での意思決定などを駆使しながら、その化合物に関する医学情報を付加・結晶化していくサイエンスとビジネスの両面が交差する営みなのです。
これは一般的な医師としてのキャリアでは得られなかったでしょうね。若い医師の方に一言お願いします。
多くの医師は、20代から30代前半という体力的にも記憶力的にもとても充実した時期に、医学部での学生時代、そしてその後の研修医や後期研修などを含めて10年以上にわたりかなり集中的に医学知識の体系化や実務経験を積んでいくわけです。医師以外とはこの点は大きな違いです。それをベースにして自分が将来何をするか、何を楽しいと感じるか、あまり何かにしばられず自由に考えると良いのではと思います。