【インタビュー】山中聡さん
バイエル薬品株式会社で執行役員・カントリーメディカルディレクター・メディカルアフェアーズ&ファーマコビジランス本部長を務める山中さんにお越しいただきました。
山中さんは臨床医として循環器医療に携わられたのち、NIHに留学されていますが、簡単に経緯を教えてください。
医局関連病院で心筋梗塞の患者さんをPTCAでステントを入れたりして治療していました。
血管は再灌流して治るのですが、血管の閉塞部位や病院に到着するのにかかった時間によってはどうしても心不全が残ってしまっていたのですね。
その後いろいろ心不全の治療を1か月ぐらい行うのですが亡くなる患者さんもおられ、何とかならないかと強い思いを抱くようになりました。
当時は基礎研究で再生医療についていろいろ知見が出だしており、心筋再生について研究をするべく有名なラボ11個ぐらい応募して、3個から返事が来てその中でNIHを選びました。
NIHで学んだことについて教えてください。
渡米して生活のセットアップなど 色々大変なこともありましたけども、やっぱりアメリカは非常に自由ですよね。
オンとオフのメリハリがしっかりしてて、子どもとの生活にも優しい。
プライベートも楽しんで約3年いることになりました。
自分の名前のつい たセルラインも出せました。
ボスには新しいラボを立ち上げるからルイジアナまでついて来いと言われたのですが迷っていました。
製薬企業に入ることになったきっかけはどういったことでしたか?
当時は日本では医師がファーマで働いてるという事例は少なくとも私は知りませんでした。
ただアメリカで 知り合いになった医師と話をすると、欧米では結構医師が製薬企業で働いているのだと。
その頃は私は臨床試験などは、まだあまり知らなくて、企業では基礎研究もやるのではないかと考えたりして、興味が湧いたんですね。
エージェントの 方を通じて色々ご紹介いただいて、結局2009年 から日本イーライリリーでメディカル アドバイザーとしてファーマコビジランス担当になり、途中から臨床開発フェーズ1の方も色々経験することになりました。
それからバイエル薬品に?
2010年にまずはファーマコビジランスの責任者になりました。
その後 メディカルアフェアーズの血栓領域の責任者で あったり、リアルワールドエビデンスの戦略を担当するグローバルのメディカルアフェアーズ 戦略マネージャーをさせていただきました。
2019年から現職の執行役員・カントリーメディカルディレクター・メディカルアフェアーズ&ファーマコビジランス本部長です。
異色のキャリアと見えるかもしれませんが、根幹にあるのは「患者さんのために何とかしよう」という一貫した情熱です。
現在も熱意をもって取り組んでいます 。
今日は特にファーマコビジランスについてお話しいただけますか?
ファーマコビジランスがなぜ重要なのかというと、薬というのはベネフィットもあるが、リスクもあるものだからです。
リスクをなんとか最小化する手段を見出すことによって、患者さんにとって薬が最大限効果を発揮できるようにして、薬害を防ぐことが非常に重要です。
サリドマイドキノホルム、血液製剤によるエイズ感染など、負の歴史を日本は背負っています。
当時の問題点は2点あり、法規上の問題と倫理上の問題です。
現在では当たり前の第1相試験や非臨床試験データがなくても審査が進んでいたという話ですし、安全性の検討も今の安全性部門がやってるようなしっかりとした質ではなかったために、対応が遅れて被害が増大しました。
1967年から日本でも法整備がされてきました 。
日本ではユニークな安全性を踏まえたシステムがあります。
ほぼ必ず行わなければならない製造販売後踏査post marketing surveillance (PMS)、あと 市販直後調査もあります。
再審査申請というのも日本独特です。
山中さんのファーマコビジランスに対する考え方をもう少しお聞かせください。
ファーマコビジランスのシステムに 完璧はないのかもしれませんけれども、少なくとも学んできて改善されてきていると言えると思います。
私はファーマコビジランスをサイエンスととらえています。
有害事象 を検知して検討し、しっかり科学的に評価して理解する。
そして予防するんです。
リスクマネージメントですね。
なるほど。
治験段階では分からないことを、世に出てからしっかりと、特に安全性を中心に情報を取って評価をしていくことが非常に大事になってきて います。
一度承認を取っても安全性を中心に評価して大体8年ぐらいで再審査を国から受けて、そこで本当に大丈夫だとする日本の再審査システムは非常にユニーク です。
製品のライフサイクルを通じて、しっかりと薬のベネフィットバランスを 評価し、それがリスクの方に傾意図た時にはしっかりそれに対する対応 をすることをシームレスリスクマネジメントと言い ます。
リスクコミュニケーションは社内の関連部門、特に営業部門との密な連携の構築が必要になってきます。
リスクの最小化の手法を定期的に見直していくのも大事なファーマコビジランスの仕事です。
ほかの部門と比較してファーマコビジランス部はどう違うのでしょうか。
製薬企業で働くというと、大体薬を開発しているというイメージがありますが、ファーマコビジランスは製薬企業のインテグリティで あるという気概をもって日々取り組んでいます。
製薬は規制ビジネスなので、重要なファンクションです。
医師がファーマコビジランスで働くことについてどうお考えですか。
有害事象の因果関係の 検討は医師の強みだと思います。
自発報告とか症例が 上がってきても臨床像が大体目に浮かびます。有害事情が出たけれども本当にこれは薬によるものかどうかの判断は非常に難しいですが、ここで臨床経験は非常に役立ちます。
私はファーマコビジランスの重要性を社内外の人に知ってもらうことにも力を注いでいます。
患者さんに対する重要性に直接つながっているからです。
80名の部下をもって働くことになった際、ものすごく患者さんにとって重要な仕事しているのに、どうしてみんなもっと生き生きと仕事をしていないのか考えました。
みんなとても優秀なのに自分の仕事の重要性を本当に理解できいるのかなって思ったんです。
頑張って忙しく仕事をしているんですが、コンピューターに向かっての仕事なので本当に患者さんにどのように役立ってるのか、遠すぎて分からないんですね。
そこでいろいろな仕掛けをしてみました。
ストーリーを 語っていこうと思ったんです。
薬害訴訟の弁護士さんを招いてイベントを催したりしました。
そのイベントをすることに関して否定的な意見を会社からもらったんですけど、最終的には営業の方々も出てくれて、全社的に盛り上がりました。
ビジョンやロゴも作りましたよ。
山中さんの熱意が伝わってきますね。
新製品が出た際に、重篤な有害事象が一定の割合で出てきたことがあります。
それをプラアクティブに医師に伝える必要性を訴えました。
想像の通りコマーシャル部門からは安全性の懸念を規制当局から言われてもいないのに、医療現場に伝えるのはやめてほしいといわれました。
医療現場にネガティブな印象を与えるというのです。
私は役員会に行って患者さんの命を第一に守 ることは製薬企業の根幹であって、こういうアクションはむしろ医療現場から信頼を勝ち取るはずだと話しました。
これは受け入れられて、タイムリーに適正使用レターを発することができました。
プロアクティブファーマコビジランス ですね。
その結果重篤な有害事象の報告は減少して、医療現場の先生方からもポジティブな姿勢として受け取られました。
まだまだお話を聞きたいのですが、ここで後輩に一言お願いします。
ぜひ良いメンターに出会ってほしいと思います。
企業にいると毎年のようにいろいろな変革があり、組織構成が変わることもあります。
キャリアの節目節目でいろいろとアドバイスをもらうのはとても大事なことだと思います。
そして何より、リーダーシップですね。
これはもう一生勉強です。
リーダーとしての一番の喜びは人材育成です。
自分のチーム員が活躍し ているのを見ることや、後継者になってくれること、自分の仲間がいろいろなところで活躍しているのを見るのも本当にうれしいことです。
医師が製薬企業で働く魅力は臨床経験がいかせることです。
患者さんを知っているというところが大きな差別化です。
企業内でほかの皆が忘れてしまうことでも、医師であるからこそ気づきを与えることができると思います。
いろいろなキャリアの選択肢がありますが、根本は患者さんのためです。
それが医師であることの強みだし、もっと意識してもいいのではないかと思います。
病院とか研究だけでは絶対知り得ないことを知ることができますし、キャリアの選択肢も広いです。
自分の専門性を深めるのも一つの道ですし、チームを率いるのも一つ、グローバルに行って活躍するのも一つです。
メンターの重要性はそこにもありますし、そういう意味でDDCPはとても良い母体になっていると感じます。
山中さん、本日はありがとうございました!