【インタビュー】鳩貝 健さん

インタビュアー

それではまず製薬企業に入ることになったきっかけについて教えていただけるでしょうか?

鳩貝健さん

私は国立がん研究センターで抗悪性腫瘍薬の第1相 から第3相の治験に従事しており、アカデミアにおける臨床開発に携わっていました。PMDAで仕事をしたのも、もともと医薬品開発に興味があったためです。

しかし現実的に製薬企業に入るという選択肢を考え始めたのは、米国留学中に企業の方々と直接話すようになってからです。学会で製薬企業のリクルーティングイベントを通してグローバル企業の本社のポストに誘って頂いた後は、米国企業の本社のポストを中心に考えるようになりました。

インタビュアー

製薬企業への就職活動についてもう少し詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか?

鳩貝健さん

実際に就職活動を始めたのはCOVID-19のパンデミックが始まってすぐの2020年4月です。4社程に応募して2社からインタビューを受け、一番先にオファーを頂いたMerckに入社しました。

Merckに決めた理由はプロセスが迅速であったということと(応募からオファーレターまで3週間程度)、また専門分野である消化器癌と腫瘍免疫に関連する仕事を担当できるということです。

インタビュアー

PMDAでの勤務というのは大変ユニークな経歴ですよね。どうしてPMDAでの勤務をされたのですか?

鳩貝健さん

がんセンターの上司の勧めで2016年から2018年の2年間出向の形式で勤務しました。当時日本においては免疫チェックポイント阻害薬や遺伝子パネルを用いたPrecision Medicineの黎明期で、それらの専門家をPMDAが探していたと伺っています。アカデミアを長く離れるつもりはなかったのですが、その後留学する予定であったこと、また医薬品開発に興味があったことから、期間限定で勤務をすることになりました。

インタビュアー

PMDAではどういった業務をされていたのでしょうか?

鳩貝健さん

抗悪性腫瘍薬の治験相談業務と承認審査業務に携わっていました。多くのプロトコールや治験関連文書及び規制関連文書を読むことができて、今の仕事にも大変役に立っています。

臨床では患者単位や試験単位で物事を見ますが、規制当局での業務では適応症単位やアセット単位で物事を見ますので、医薬品開発を大きな視点でとらえることができました。

また多くのグローバル試験に関する治験相談・承認審査に関わることで、幅広くグローバル開発に関する知見を得ることができました。その他、コンパニオン診断薬やReal World Evidence、国際業務についても抗悪性腫瘍薬審査部門を代表して担当する機会を頂きました。

インタビュアー

PMDAで働いている医師について教えてください。

鳩貝健さん

抗悪性腫瘍薬審査部門に医師が10人強いました。4分の3程度がアカデミアからの出向で1年から3年程度PMDAに勤めていました。残りは機構採用の医師です。出向としてきた後にPMDAに残られる方もおられます。

インタビュアー

PMDAでのお仕事は忙しかったのでは?

鳩貝健さん

入職当初は残業が多くありましたが、その後機構全体でワーク・ライフバランスの改善が図られています。

インタビュアー

PMDA勤務後にシカゴ大学に留学されていますが、その経緯について教えていただけますか?

鳩貝健さん

PMDA勤務後は留学という道筋をすでに国立がん研究センター勤務時代に決めていて、留学助成金などを調べていました。当初の助成金は1年間の期限でしたが、2年目以降はシカゴ大学の雇用や国内から追加の助成金を獲得できたため、合計で3年以上の予定となりました。

インタビュアー

そして今度はシカゴ大からMerckに入られたわけですが、ビザについてはどのようにクリアされたのでしょうか?

鳩貝健さん

ビザ取得については、Merckが移民関連手続きを専門とする弁護士事務所に依頼し、弁護士事務所と私の間で手続きを進めました。私はO-1ビザ、家族はO-3ビザで、私のビザ取得費用はMerck負担で、家族分の費用は私の個人負担でした。

オファーレターを頂戴し弁護士事務所とやりとりを開始した際はパンデミックの影響で迅速審査が停止していましたが、迅速審査の再開を待って申請した後は10日ほどで承認されました。

インタビュアー

グリーンカードなしでアメリカの会社に正規雇用されるのは大変難しいのですが、それに加えてパンデミックの最中でしたから余計に大変でしたね。でも、アメリカで就職をしたい日本人の方は勇気づけられると思います。

それでは今Merckで働いている感想をお願いします。

鳩貝健さん

日本で臨床開発に従事していると、大事なことがグローバル企業の本社や本社とFDAとの間で決まっていく事をしばしば経験していましたので、グローバル企業の本社で働くことは決定に関与できるという点でやりがいを感じています。

アカデミアの業務と異なり、プロジェクトごとに締め切りが多く、またそれが数日から1週間と短いのが特徴です。そして一緒に仕事する人が多く、それも色々なバックグラウンドの人がいます。私自身は消化器癌を中心に担当していますが、組織の規模が大きいので担当が細分化されています。また、他の製薬会社との協業もあります。

臨床では医師がリードしていろいろなことをて決定していきますが、ステークホルダーの多い医薬品開発ではコミュニケーションを上手にとらないと、医師の強みを活かしてリードしていく事が難しいと感じています。

インタビュアー

それは重要な観察ですね。医薬品開発はチーム作業ですから、医師もチームの一員として貢献しますからね。将来はどのようにしていきたいですか?

鳩貝健さん

現在は後期開発がメインですが、短期的には現在の担当領域でバイオマーカーの担当者や早期開発の担当者と協業して自分の担当領域での仕事を深めたいと考えています。

中長期的には担当する癌腫を広げていきたいと考えています。特にアジアで罹患率の高い癌腫に関しては、日本の医師がグローバル開発でプレゼンスを発揮するサポートができればと思っています。

インタビュアー

入社後の数年で業務内容は変わりましたか?

鳩貝健さん

当初は実施が決まっている臨床試験のプロトコル作成、実施の準備、試験の運営を中心に行っていました。

現在は担当適応症における開発戦略の立案や新規試験の経営幹部への提案といった医薬品開発のライフサイクルの中で比較的早期の部分から、実施中の試験については主要評価項目の解析、学会発表資料の準備や論文の作成、さらに承認申請といった後半部分まで幅広く担当しています。

インタビュアー

それでは最後に医学生、研修医の方々に一言。

鳩貝健さん

臨床のトレーニングを積むことは最も大事なことですが、若いうちに臨床以外に医師が活躍できる領域を知ることは、能動的に自身のキャリアを構築する上で非常に役に立つと思います。